Bacchus Report

酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語

われらを狂気から救うものは何ものなのか? 生命力なのか? エゴイズムなのか? 狡さなのか? 人間の感受性の限界なのか? 狂気に対するわれわれの理解の不可能が、われわれを狂気から救っている唯一の力なのか?……

三島由紀夫『真夏の死』の一節です。正気でいることが不思議に思われるほどの不幸に遭いながらも、人には忘却という最大の救いが訪れます。際限なく苦しめられた記憶の輪郭が徐々に崩れ、ぼんやりし、あいまいになり、風化し、やがては解体するのです。

2010年の夏は、記録的な猛暑となりました。その暑さは、浜辺の大きな釜で茹でられるカニにも等しく、逃げ出すように夏のポルトガルへ旅行しました。

ポルトガル北部に位置する第二の都市、ポルト。古く美しい教会や建築物が立ち並ぶ市街地は、ポルト歴史地区として世界遺産に登録されています。ヨーロッパ特有の湿度の低さや、ドウロ川から吹いてくる涼しい風、照り返しのない石畳がポルトの快適な気候をつくりだしています。早朝、薄手のカーディガンが必要なくらいにひんやりとした空気のなか、ホテルの中庭でメイア・デ・レイテ(コーヒーと牛乳を半々)を飲みながら、真っ青な空を海鳥が鳴きながら渡っていくのを眺めていると、灼熱の東京が悪い冗談のように思えてきます。

ポルトは物価の安さも手伝って、夏はヨーロッパ各国の観光客であふれ返ります。私が入ったレストランでは、スペインやフランス、ドイツから来た老若男女がシーフード料理を味わっていました。新鮮なタコやエビ、イワシやアンコウなど、どれも素材を生かしたシンプルな味付けです。ワインはヴィーニョ・ヴェルデ(vol.25をご参照下さい)を合わせると美味しさが更に引き立ちます。

そして、ドウロ川対岸のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアにひしめく、ポートワインのシッパー(商社)の倉庫群が、橋を渡ってこいと誘いかけます。テイラーやサンデマン、フォンセカ・ギマラエンス(vol.13をご参照下さい)など、ほとんどの商社は見学や試飲ができます。

ダルバ・ポルト20年

ダルバ・ポルト20年

赤からは程遠い枯葉色

赤からは程遠い枯葉色

サンデマンのワインロッジを訪ねると、スタイリッシュな内装の照明を落としたロビーに、見学を申し込んだ観光客がすでに何組か待っていました。数十名ほどが集まると、端正な顔立ちの女性がサンデマンのトレードマークである帽子と黒いマントを羽織り、貯蔵庫を案内してくれました。

湿度が一定に保たれた貯蔵庫内は静まり返り、移動する靴音と、案内役の女性の声が反響し、一層雰囲気を盛り上げます。多くの巨大な樽や、100年以上のヴィンテージボトルが寝かせてある棚を巡り、紅白のポートワインを試飲した後は、観光客が売店へ我先にと群がります。

現地のレストランでもポートワインを飲みました。食前には冷えた白ポートワイン、食後はダルバ・ポルト(DALVA PORTO)のトゥニー・コルヘイタ20年と30年。コルヘイタとは、単一年のぶどうを使い、7年以上樽熟成を行ったものを指します。色は深い琥珀、雨に濡れた冬枯れの雑木林の匂い、甘さはすでに名残となって、到達感を際立たせています。ルビーポートとは全く異なる、別次元の味わいでした。

素晴らしい思い出を胸に刻みつけ、サウナ状態の成田空港に降り立ってから5ヶ月が経ち、新鮮だった驚きや感動が少しずつ変容しています。それは、舌の上で角砂糖がゆっくりと溶けていくように、処理しきれなかった記憶が次第にほどけ、やがて私の中に受け入れられるのです。

酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

 日本酒っていうやつは、本当は労働酒なんです。汗水垂らして飲むと、どんな濃い汚い酒でもうまいんです。いまの時代だから、淡麗辛口が支持されとるんです。軟弱というか、年中変わらん温度の所に住まいしとる人はね、やっぱり淡麗になってくるんです。……

『魂の酒』農口尚彦さんの言葉です。時代も環境も生活スタイルも変化し、日本人の嗜好が大きく変わってゆく中で、味という得体の知れないものをひたすら追い求めるのです。

 今月は石川県加賀市の日本酒、常きげん(じょう・きげん)のご紹介です。

NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」をご覧になった方も多いでしょう。現在、常きげんはすでに入手困難な状況にあります。単にテレビの影響というよりは、その内容の凄まじさに視聴者は突き動かされたのではないでしょうか。能登杜氏、農口尚彦氏。酒造り61年の壮絶な生き様を垣間見たならば、彼の造った酒を一度は口にしてみたいと願うのは自然の成り行きのように思えます。

鹿野酒造は平成10年より農口氏を迎え、山廃仕込を中心とした酒造りになりました。

山廃の醍醐味は、乳酸を添加しないことにあります。普通、清酒酵母を増殖させるためには、PH4(酸性)の環境が必要です。空気中からさまざまな微生物が入り込み、異常繁殖するのを防ぐために高純度の乳酸を入れ、人工的にPH4の状態をつくります。これを「速醸」といいます。安全に、しかも短期間でできるため、清酒の大半は速醸?からつくられます。

山廃は、この乳酸を添加しません。自然にできる優良乳酸菌の作用だけで、PH7(中性)の状態からPH4の環境をつくり出します。確かな技と経験を基に徹底した温度管理をし、速醸の2~3倍の期間をかけ、手間隙を惜しまずにつくります。

入手するのに一苦労

入手するのに一苦労

美しい山吹色

美しい山吹色

今回は、山廃仕込純米酒を飲みました。精米歩合65%、度数は16.5度。仕込水は「白水の井戸」を使用しています。この井戸は、蓮如上人(1415-1499)が大地を杖で突き刺して水を湧かせたという伝説があります。

透明なグラスに注ぐと、うっすら黄色味がかっているのが見て取れます。この色は時に嫌われるため、一般的には活性炭素で濾過して色を抜く傾向にあります。こうすると無色透明な水のようになりますが、色と同時にうまみも取り除かれ、没個性化していきます。

口に含むと、まず舌が米の味とともに力強さや深いコクを感じ取ります。喉をスッと通り抜け、ほのかな香りだけを残して鮮やかに切れ上がります。コクとキレは決して両立しないという思い込みをあっさりと裏切られ、なぜなのか確かめたくてさらに杯は進みます。

食事を引き立てる懐の深さも持ち合わせています。ご飯に合うものなら何を合わせても楽しめます。常温から始めて徐々に冷やしていくと、切れ味が冴え冴えとしてきます。

農口氏は「設計」という言葉で、酒造りを表現します。味は可視化も数値化もできませんが、頭の中には、緻密で難解な設計図が描かれています。その完成された酒を飲むとき、我々の舌に新たな基準が示され、お前はこれをどう解くのだ、と無言のうちに問いかけられるのです。

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 わたしたちは不合理なだけでなく、「予想どおりに不合理」だ。つまり、不合理性はいつも同じように起こり、何度も繰り返される。

ダン・アリエリー『予想どおりに不合理』(熊谷淳子訳)の一節です。経済学では、人は合理的に行動するものと考えられてきました。しかし、アリエリー教授は数々の趣向を凝らした実験で、我々の価値判断がいとも簡単に不合理へと「操作」されるのかを次々と暴いていくのです。

 今月は、スペインの酒精強化ワイン、シェリーのご紹介です。

スペイン南部、アンダルシア地方。大西洋に面し、一年中穏やかな気候に恵まれた場所、ヘレス地方。「シェリー」とは英語読みで、スペインではヘレスのワインと呼ばれます。

シェリーは、ヘレス・セレス・シェリー原産地呼称統制委員会によって常に看視され、守られています。この「原産地呼称統制」という概念は、フランスを中心としたヨーロッパに広く浸透しており、ワインが身近な一例といえます。自国の農産品を厳格な規制下に置き、一定の条件を満たさないものに勝手な名前をつけたら承知しないぞ、という法律です。

では、シェリーはどのようにして「原産地呼称統制」されているのでしょうか。

まずは生産地域の限定。ヘレス・デ・ラ・フロンテラと、そこに隣接した2つの町の3地域だけ。

次は原料の限定。その地域で収穫された、3種類の白ぶどうだけ。

そして、ソレラ・システムという伝統的製法。暗く静かな貯蔵庫に3~4段積み上げられたシェリーの樽は、一番下が最も古く、上にいくほど若くなります。最下段の樽から瓶詰めしますが、このとき少量だけを抜き取り、ほとんどは残しておきます。その減った分を、すぐ上の段の樽から補充します。その樽をさらに上の樽で補充するというその様子は、シャンパン・タワーに似ています。新しい酒が絶えず上から下へと注がれ、仮にストローを使って最下段のグラスを飲み干しても、上からこぼれ落ちるシャンパンによって再び満たされるかのようです。

これらのこまごまとした制約を課すことで、本物と偽者の峻別がようやく可能になるのです。

TIO PEPEは「ペペおじさん」の意味

TIO PEPEは
「ペペおじさん」の意味

エミリオ・ルスタウ社のもの

エミリオ・ルスタウ社のもの

今回は違うタイプを2本飲みました。

1本はティオペペ、タイプはフィノで、軽やかな辛口です。度数は15度、淡い麦わら色、飲んだあとに独特の香りが鼻の奥に長く残ります。この香りは、醸造過程で発生する酵母の膜に起因しています。「花」という名前を持つ膜がワインの表面を覆い、酸化を防ぎます。

もう1本はマンサリーニャ・アモンティリャードという稀なタイプで、コクがあり辛口です。スモークサーモンなどの燻製した魚介類と合わせた時の衝撃は、長く記憶に残ります。アルマセニスタと呼ばれる人たちが個人で所有している古いシェリーを、瓶詰めの際ブレンドせずに出荷したものです。ラベルに記された1/21という数字は、ソレラの最下段の樽の数です。

シェリーという、この深く複雑な暗黒迷宮に私を向かわせた、ヒュー・ジョンソンの紹介文を抜粋します。

「シェリーは世界で最も安価な上質ワインである。唯一の問題はこれを見つけ出すことだ。しかし、粘り強くあれ。そしてシャンパンをフィノに変えてみられたし」

これを読んだあなたが「操作」されることを願ってやみません。

酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

 砂の城がその形を保っていることには理由がある。眼には見えない小さな海の精霊たちが、たゆまずそして休むことなく、崩れた壁に新しい砂を積み、開いた穴を埋め、崩れた場所を直しているのである。……。

福岡伸一『生物と無生物のあいだ』の一節です。砂の城は私たち人間の肉体そのもの。この肉体は確たる実体があるのはなく、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」程度のもの。内部では驚くべき速さで、分子レベルの入れ替えが絶えず行なわれているのです。

今月は、店とは誰のものかについて書きたいと思います。

バッカスレポートVol.12でご紹介したTHE BAR WATANABEのマスター、渡邉秀行さんが亡くなりました。64歳でした。どんなに素晴らしい人にも死は平等に訪れるんだとわかっていても、いまだに現実を直視することができません。

渡邉さんは実にお洒落な人でした。真っ白な美しい顎鬚をたくわえた姿は、小柄な水戸黄門といった風情です。オールバックにした銀髪は威圧的で、凄みのある表情を更に際立たせ、容易には近づきがたい印象です。夏はアロハシャツ、冬には愛らしいテディベアが編み込まれたカーディガンを着て、扉の向こうから現れます。

まずはカウンターに座り、一杯飲みながら若いバーテンダーから報告を受けます。誰から電話がありました、誰がいらっしゃいました、などを一通り聞いたあと、おもむろに私たちの隣に座ったりするものだから、一瞬、緊張が走ります。

伏し目がちに、顔色ひとつ変えず、ぼそぼそと(時に聞こえないほどの声量と速度で)語られる言葉を聞き逃すまいと私は集中し、想像力でつなぎ合わせ、会話を成立させようと努力します。「え?」などと聞き返したりするのさえ失礼に当たるような、そんな気がして、だが結果として努力はいつも報われず、間抜けな受け答えに終始するのがおちでした。

渡邉さんが飲むのはオールド・オーヴァーホルトのソーダ割りでした。なぜそれを?の問いに、彼は「頼り無い酒ですから」と答えてくれました。ここに彼の何ともいえないおかしみ、人柄みたいなものが凝縮されている思いがします。

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客に挨拶を終えると渡邉さんは奥へと引っ込み、バーテンダーとしての正装に身を包みます。白いワイシャツに黒いベスト、胸には彼の歴史を語る数々のピンバッジが輝きます。客の正面に立ち、まるで何事もなかったかのように「いらっしゃいませ」と慇懃に目礼するのです。

渡邉さんはとても照れ屋でした。心配する素振りなど表には出さないくせに、いつでも気に掛けてくれる人でした。私の朗報を自分のことのように喜び、めったに見せることのない笑顔を見せてくれました。店でふるまうはずの苺を、タッパーに詰められるだけ詰めて持たせたりするような、不器用極まる人でした。

渡邉さんがいなくなった店は、今も何ひとつ変えることなく雰囲気を以前のままに留め、今夜は来ないけど明日は来るのかなと違和感なく思えるような状態を、残されたバーデンダーが維持しています。

渡邉さんは不世出のバーテンダーでした。そしてあの店は間違いなく渡邉さんの店でした。けれども時は流れ、WATANABEという名の店だけが残り、別のバーテンダーが店を仕切り、年を追うごとに客も入れ替わり、渡邉さんと客が共に時間をかけて重ねあげた何かが、やがて崩れていきます。

渡邉さんの思いをその店に求め続けるのは、欠けてしまったために二度と完成できないパズルをつくり続けるようなものかも知れません。どれほど中が入れ替わろうとも、変わらぬ店の佇まいを見ることはできる。記憶とは残酷なものなのです。

酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

 主の栄光のために呻き、苦しみ、死んだ今日も、海が暗く、単調な音をたてて浜辺を噛 んでいることが耐えられぬのです。この海の不気味な静かさのうしろに私は神の沈黙を ──神が人々の歎きの声に腕をこまぬいたまま、黙っていられるような気がして……。

遠藤周作『沈黙』の一節です。切支丹禁制下の日本に、布教のため密航してきた若き ポルトガル人宣教師。しかし、執拗な迫害、苛酷な拷問、そして多くの殉教者を目の当 たりにして、神の存在という最も怖ろしい疑問が沸きあがるのを、彼はもはや抑えるこ とができないのです。
 今月は、ケンタッキー・ストレートバーボン「エライジャ・クレイグ」のご紹介です。

アメリカ先住民族チェロキー族の言葉で「暗く血まみれの大地」という名に因む、ケ ンタッキー州。風に吹くたびに一面のブルーグラスが海の水面のように輝き、その中を 逞しい馬たちが駆け抜け、草を食む。この土地に18世紀後半、ひとりの聖職者が現れま した。

名前はイライジャ・クレイグ。パブティスト派の牧師です。身長が7フィート(約 213cm)近くあったというこの牧師、ちょっとした危険人物で知られており、法に反抗 するような説教をたびたび行い投獄されたこともありました。また、許可もなくウイス キーを造り逮捕、罰金まで払わされた記録が残っています。

なぜか大判焼きを連想してしまう

なぜか大判焼きを連想してしまう

アメリカン・ルビーの名にふさわしい

アメリカン・ルビー
の名にふさわしい

1789年、クレイグ牧師は本業そっちのけで、現在のバーボンの基礎となる酒を生み出し ていました。コーンとライ麦と大麦を使うという、バーボンの原料基準を作り、樽の内 側を焦がすことも彼が考案したと言われています。しかし近年、文献的な証拠がないと の理由から「バーボンの始祖」としての地位が揺らいでいます。それでも、クレイグ牧 師がバーボン草創期の立役者だったことは、疑う余地がありません。
ヘブン・ヒル蒸留所がこの牧師の名を冠したウイスキーが、エライジャ・クレイグです 。

まずは12年から見てみましょう。やや平べったい独特の形状をしたボトルの中に、濃い メープルシロップ色をした液体が満ちています。度数は47度。原料の混合率はコーン78 %、ライ麦10%、大麦12%。口に含むと、ドン、と胃に落ちてきます。樽の香ばしさが 喉から舌の奥から拡がってきて、苦みとも甘みともつかない味わいを残していきます。
自己主張が強く、少しくせのある女性を思わせます。美しいボトルの18年は、年月に磨 かれて洗練された味ですが、決してバーボンらしさを失うことなく、更なる高みへと飲む者を連れていきます。

クレイグ牧師はその後、紡績工場や製紙工場、製粉工場、そしてウイスキーの蒸留所を 設立し、地元の名士として名を馳せます。
信仰に燃えた牧師がなぜ、ここまでの偉業を成し遂げたのでしょうか。彼はきっと、祈 りだけでは人々を救うことができないと感じたのかも知れません。町を興して現実的な 幸福を創造し、酒を造ることで即物的な慰めを与える。それは教会という枠を飛び出し 、人々の真の求めに対する、彼なりの答えだったのだと思うのです。

酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

 未来の記憶──そんなものがあるのか? またもどってくる何ものかの記憶なのか? 自然界の永遠回帰というもの、いろいろの時代の永遠なる合流点というものが存在するのか?……

 エーリッヒ・フォン・デニケン『未来の記憶』(松谷健二訳)の一節です。それは過去ではない、未来の記憶。科学は進歩し、次々と新たなものを生み出しているかのように見えて実は、あらかじめ我々のなかに深く刻まれたものを思い出しているだけかも知れないのです。

 今月は、新たなるもののことを書きたいと思います。

 以前、バッカスレポートでご報告の通り、銀座のクライスラーが昨年、閉店しました。そこでチーフバーテンダーを長く務めていた加賀谷治男さんが、待望のお店を銀座に出しました。

 名前は、Bar A day。届いた案内状に喜びながらも、この時点で私の妄想は、もの凄い勢いで膨れ上がっていました。場所は1階か2階、もしくは地下? 席数は、カウンターは、酒の種類は、内装は、照明は……。もうきりがありません。

この看板を目指して

この看板を目指して

酒瓶置き場

酒瓶置き場

  6月6日、開店の日。住所だけを頭に入れていざ8丁目へ。しかしお店は見つかりません。地図も電話番号もないまま、行きつ戻りつ、頼みの綱の番地表示を探し、この辺のはずだと路地の奥を見ると、目指す灯りがありました。

 人が斜にならねばすれ違えないほど細い通りは、薄暗がりに包まれ、静かな昂揚感で充たされていました。迷路仕立てのこの道は、取り立てて工夫することなく、すでに特別な場所としての機能を備えています。秘密結社か地下組織のアジトへ向かう以外は決して踏み込まないと思うような路地なのです。

 重い扉を押し開けると、中から早速懐かしい声が掛かります。

 L字型のカウンターに8つの黒い椅子。カウンターと椅子との相関は、床に足の裏が完全に着き、なおかつカウンターへ無理なく肘が落ち着く高さ。

 高い天井は、限られた空間に開放感を与え、バー全体の密度が濃くなりすぎるのを緩和しています。壁には大きく引き伸ばされたクライスラーの写真。人との繋がりを大切にする、いかにも加賀谷さんらしいやり方です。

 客層は、新旧取り混ぜ、いずれ劣らぬ猛者揃い。これらひと癖もふた癖もある面々に囲まれて、さながら猛獣使いのように酔客を手際よくしつけ、そのご褒美に1杯の酒が与えられます。

 もしかしたらこのバーは、ずっと昔からここにあったんじゃないのか? 私はここへずっと以前から通い続けていたんじゃないか? 鼻だけは新しい匂いを嗅ぎ取りながら、既視感と、使い込まれた革の手袋のような感覚を味わっていました。

 新しくできたお店に伺うことは、多くの場合、軽い失望が伴います。客は以前の店の亡霊から逃れられず、過剰な期待を抱き、意地悪な小姑の視線で眺め、すべてを比べたがります。

 A dayは、あらかじめこの場所にできることを約束された店であるかのように、気負わず、自然な振る舞いで私達を迎え入れるのです。

酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

 「うん。町は変わらないよ」と、フロッグは答えた。「そりゃ、あんたが旅に出た時よりは古くなっただろうがね。だけど、変わらなけりゃ古くなる、これはあたりまえのことでね」……

 筒井康隆『わが良き狼[ウルフ]』の一節です。長い旅から二十年ぶりに戻ってきた主人公は、タクシードライバーのフロッグに町の様子を尋ねます。ひっそりと静まり、あきらかに老齢期へと差しかかった町に、主人公は現在の自分を重ね合わせるのです。

  今月は、変わりゆくもののことを書きたいと思います。

  私が酒を覚えたての頃、行く先々のバーで様々な酒をすすめてもらいました。棚の奥から古めかしいボトルを大事そうに取り出し、それを目の前にトン、と置かれる。私は懸命に既存の知識を総動員してそのボトルの分析を試みようとします。そして大抵の場合、私より先に周囲の客が反応します。

 「お、それ変わる前のやつだ。懐かしいなあ」
 「今のは味が全然変わっちゃったからねえ」

 時折ウイスキーはリニューアルし、ラベルやボトルの形が変わるのですが、どうやら中身まで変わっている節があるらしいのです。

 だからねお客さん1杯だけですよなどと言われ、ショットグラスを出されたら、模範解答は「これ、おいしいですね」のひと言に尽きます。一同、そうであろうと頷き、変化を嘆き、今ではもう手に入らなくなった古いボトルについて熱く語り始めます。私にとってそれらは有史以前の出来事のようで、はるか彼方の囁きにしか過ぎませんでした。

しかし今の私は、昔の自分とは明らかに違うのだと思い知らされることになるのです。

新しいモーレンジ。右後ろはネクター・ドール(ソーテルヌ樽使用)

新しいモーレンジ。右後ろはネクター・ドール(ソーテルヌ樽使用)

  先日バーで、普段どおりグレンモーレンジ(バッカスレポートVol.2をご参照下さい)を注文しました。一般的に、カウンターでウイスキーを注文すると、頼んだボトルを客の正面に置いてくれます。だがそれは、私のよく知るグレンモーレンジではありませんでした。

 ボトルが変わっていたのです

 以前は決して目立たなかったボトル。それが、瓶は肩が張ったグラマラスなシルエットになり、ラベルもすっかり垢抜けて、外見上は昔の面影を留めていません。“大いなる静寂の谷間”からいきなり華やかなパーティー会場に引っ張り出されたように見えました。

 なぜ変えた? 変えることに何の意味がある? この変化は受け入れられない!

 変わり果てた姿を眺めながら飲む酒は、愛するものに突然裏切られたような思いがして、味も何もあったものではありません。この感情はいったいどこから来るのでしょう。

 自分が愛するものは、可能な限り変わらないでいてほしい、常に同じように接してほしい。変わらぬ姿、変わらぬ味で迎えてほしいのです。何もかも変わり、私だけがひとりぽつんと置いていかれたようです。あるいは、自分だけは変わらないと信じたいのかも知れません。

 変化は堕落なのか、歩み寄りなのか、媚を売っているのか。変わらないことはマンネリズムなのか、頑ななのか、守りに入ったのか。そんなことを考えながら今夜も酒と向き合います。それは、グラスの中の琥珀色をした液体、別の名を時間ともいうのです。

酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

「百年待っていて下さい」と思い切った声でいった。
「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
自分はただ待っていると答えた‥‥。

  夏目漱石『夢十夜』の一節です。この言葉通りに百年後、真っ白な一輪の百合の花と化し、骨の芯まで沁みる香りを伴いながら、再び逢いに来るのです。

  今月は、愛知県の日本酒「醸し人九平次」のご紹介です。

  名古屋市にある萬乗(ばんじょう)醸造は、江戸時代創業の造り酒屋です。十五代目・久野九平治氏は26歳で家業を継ぐまで、東京でアルバイトをしながら 劇団員やパリコレクションのモデルを務めていました。

 蔵へ戻った彼は、エンジニアの経歴を持つ同級生の佐藤彰洋氏を杜氏として迎え入れます。まったく知識のない若者二人が一から酒造りを学び、手探りで理 想の酒を造るためにした努力とは、麹造りに全精力を傾けることでした。

 酒造りは昔から「一麹、二酛(もと)、三造り」といわれます。
麹とは、麹菌というコウジカビの胞子を、蒸した米に繁殖させたものです。麹の役割は、米の主成分であるでんぷんをブトウ糖に分解し、酵母がアルコール 発酵を行なえる下地をつくることです。なぜなら、酵母はでんぷんから直接アルコール発酵を行えないからです。日本酒造りにおいて、麹菌は重責を担って います。

 さて、ようやく酵母の出番です。麹が分解してくれたブドウ糖をエネルギーに、懸命にアルコール発酵を始めます。精米歩合の高い米のなかに酵母が置かれ ると、アミノ酸などの有機酸を生成します。米が削り込んであればあるほど、酵母は苛酷な環境で生きようともがき苦しみ、フルーツにも似た吟醸香をつく り出します。

ボトル上部には“希望の水” と書かれている

ボトル上部には“希望の水”
と書かれている

シャンパングラスが似合う酒

シャンパングラスが似合う酒

  苦心の末に「醸し人九平次」を完成させた久野氏は、行動を起こします。リュックに酒瓶を詰め込んでフランスへと渡り、パリの三ツ星レストランのソムリエに直接売り込んだのです。現在ではホテル・リッツをはじめ、名だたるレストランのワインリストに載せられています。

 今回は、別誂(べつあつらえ)純米大吟醸を飲みました。度数16.5度。精米歩合は35%。最高の山田錦を65%削り、ぎりぎりまで磨き上げています。

 はっとするほど際立つ香り。口に含むと、舌の上で微粒子の粉砂糖がゆっくりと溶けていく感触。わずかなとろみがソーテルヌを思わせます。リンゴの蜜の部分を抽出したような後味。甘いだけでなく、コクだけでもキレだけでもなく、すべてが備わっている。そして、手作り由来のかすかな土の存在を感じます。

 日本の長い歴史のなかで、常に傍に寄り添うように日本酒はありました。
日本酒は、我々日本人が飲む酒です。昔と生活の形は変わりましたが、日本酒は その本質を変えることなく、共にまた寄り添える日をずっと待っているのです。

酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

「きみの頭をぼくの口の中に入れて」と猫は言った。
「そして待つんだ」
「長くかかる?」とハツカネズミはきいた。
「だれかがぼくのしっぽを踏んづける時までだよ」と猫は言った。
「ぼくには迅速な反射運動が必要なんだ。でも心配いらないよ、しっぽはぐんと伸ばしっきりにしとくからね」‥‥。

 ボリス・ヴィアン『日々の泡』(曾根元吉訳)の一節です。自殺願望のハツカネズミと、その協力に大して気乗りがしない猫。しかし猫の背後から、盲目の孤児院の少女達が、声高らかに歌いながら近づいてくるのです。

 今月は、上面発酵濃色ビール、スタウトの代表格ともいえる「ギネス」のご紹介です。

 アイルランドの首都、ダブリン。1759年、空き家だった醸造所を9000年契約という途方もない年数で借り受けたアーサー・ギネス。大切な原料のひとつである水は、氷河湖と豊かな森を懐に抱くウィックロウ山脈の源泉水で、作り手らは“蒸留酒”と呼び、慈しんでいます。独特の方法でローストしたアイルランド産の大麦と、雌株のみ使用されるホップ。そしてアーサーが持っていた初代酵母の子孫を使って、現在も発酵させています。

 世界150カ国で販売されるビッグ・ブランドにまで成長したギネス社の努力のひとつは、仕込み缶ともいえるドラフトギネス缶です。度数は4.5%。まずは飲む前に3時間以上冷やし、330ml全部が注げるグラスを用意しておかないと、楽しみは半減します。

 缶の中には直径3cmの白いピンポン玉のようなものがぷかりぷかりと浮かんでいます。この白い玉が開缶と同時に絶大な働きをすることによって、ギネスには欠かせない美しい泡を確実にサージングしてくれます。このフローティング・ウィジェット(仕掛け)にギネス社は、何十年という月日と10億円を超える費用を要しています。

口からお迎えに

口からお迎えに

白くて丸い働き者

白くて丸い働き者

  しかし、何といっても、パーフェクト・パイントを味わうためには、パブに足を運ぶことをおすすめします。ギネスを1パイント注文し、漆黒の山の頂に冠雪のコントラストが完成するのをじっと待ちましょう。仕上げに泡で描かれるシャムロック(三つ葉のクローバー)。アイルランドの国花でもあるシャムロックは、パトリキウス(聖パトリック)と深い関わりがあります。

 幼少時、奴隷としてアイルランドに連れて来られたパトリキウスはある日、神の御告げを聞き、牧場から脱走。後年、キリスト教を布教するために、司教として再びアイルランドを訪れます。元々存在する土着のケルト信仰を頭から否定するのではなく、キリスト教との融和を図ろうとした彼は、国花であるシャムロックを手に、三位一体を説きました。聖パトリックの命日である3月17日はアイルランドの祝日にもなっています。

 秋の雨音を背中で聞きながら、口許についた泡を舐め取れば、子供の昔にかえったようです。いずれはこの泡と同じく、我々は跡形もなく消えていきます。生きることは、死ぬまでの壮大な暇つぶし。今夜一晩を共に過ごす相手にギネスを選ぶのは、最善の方法だと思われるのです。

酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

無地の鶯茶色のネクタイを捜して歩いたがなかなか見つからない。
東京という所も存外不便な所である。
このごろ石油ランプを探し歩いている。
神田や銀座はもちろん、板橋界隈も探したが、座敷用のランプは見つからない。
東京という所は存外不便な所である‥‥。

 物理学者としても知られる寺田寅彦の随筆集『柿の種』からの一節です。買えないものなど何もないかのような東京で、人波にもまれ、林立するビルの狭間をすり抜け、本当に欲しい物を探し出すのは至難の業です。

 今月は、薬草系リキュール「カンパリ」のご紹介です。

 1860年、イタリアで生まれたカンパリは、世界190カ国に輸出されているポピュラーな食前酒で、今やバーには欠かせない存在です。この魅惑的な真紅のお酒は、独特の苦味が特徴です。レシピは門外不出。各国に監視員まで配置するという徹底ぶりですが、専門家の分析によると、ビターオレンジ果皮をはじめとする30種類以上のハーブとスパイス類がベース。胃に良いとされるリンドウの根も配合されており、酒好きの格好の言い訳になりそうです。

 代表的な飲み方はカンパリ・ソーダですが、小瓶に詰めた完成品が1932年に商品化されています。通常、ストレートで飲まれていたカンパリの新たなスタイルとして考案されました。未来派の芸術家がデザインした98ml瓶のキュートな形状は、現代において「カンパリライト」というペンダントランプを出現させます。小瓶を10本束ね、中央に配したライトを点けると、赤い液体が妖しい輝きを放ちます。

 さて、カンパリの美しいルビー色、これはコチニール色素という天然着色料を添加しています。日本でも食品や化粧品などに使用されるこの色素、正体はカイガラムシという害虫です。中南米のペルーなどで大切に飼育されています。産卵前のメスのみを刷毛で掻き集め、熱湯で煮沸、天日で乾燥させます。古くはインカ帝国で衣服や装飾品の着色に用いられた、歴史ある色素です。

おなじみの赤カンパリ

おなじみの赤カンパリ

カンパリの白とも呼ばれた

カンパリの白とも呼ばれた

  カンパリには、もうひとつのカンパリがあるのをご存じでしょうか?

 「コーディアル・カンパリ」という、無色透明なカンパリです。木いちごをベースにアルコール浸漬後、蒸留。ほんのりハーブの香りが残る、すっきりとした甘さは食後酒に向いています。赤カンパリのような苦味はまったくありません。

 様々な飲み方を試してみました。最もバランスが良かったのは、ウォッカベース、甘味をコーディアル・カンパリ、レモンをやや多めに絞り、ソーダで割るというもの。軽い口当たりに仕上がりますが、コーディアル・カンパリは度数36度。調子に乗って杯を重ねると危険です。

 残念なことに、コーディアル・カンパリは2003年6月に販売を終了しています。しかし、今もどこかの酒屋の棚でひっそりと、誰かが探し出してくれるのを心待ちにしているかも知れないのです。