酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

そろそろ黄昏にさしかかる気配を見せるネス湖がよく見える角度でカウンターに陣取り、赤ら顔の四十がらみのバーデンダーに、精一杯キングズ・イングリッシュの発音で「本物のスコッチ・ウイスキーが飲みたいのだが」と注文した。……

景山民夫『普通の生活』の一節です。今から20年前に書いた本の中で彼は「グレンモーレンジ」を紹介しています。

ゲール語で“大いなる静寂の谷間”という意味を持つこのウイスキーは、シングル・モルトです。ピート(泥炭)の煙臭をしみ込ませたモルト(大麦麦芽)だけが原料。他の蒸留所の原酒を一滴もヴァッティング(混和)していない“スコットランドの生一本”です。蒸留所はハイランド地方にあり、創業当時は家族16人で作っていました。

さて、うんちくはこれくらいにして、早速バーのカウンターに座り、注文してみましょう。一口に「グレンモーレンジ」と言っても様々な種類がありますが、今回は迷わず、スタンダードな10年を。度数は43度。色は透明感のあるゴールド。いぶし臭さの中に、樹液にも似た甘い香り。口に含めば舌に感じるピリッとした刺激。味わいは優しく、最後に舌の奥に残る、蜂蜜のような味。
飲み方は人それぞれ。ストレートで飲めば、味そのものが頭の芯に伝わってきます。

外箱には「テインの16人」と記されている

外箱には「テインの16人」と記されている

とっておきのバカラ

とっておきのバカラ

トゥワイスアップ(twice up ウイスキーと水を1:1)にすると、普段は潜んでいる香りが引き出されます。ここに氷を入れると、ハーフロック。水割り(ウイスキー1:水2)は、氷を入れずに良く冷えたミネラルウォーターなどを使うと、最後まで味が変わらずに楽しめます。スコットランドではこの飲み方をするそうです。

私個人としてはオン・ザ・ロックが好きです。グラスはちょっと贅沢にバカラ(Baccarat)。唇に当たる縁の部分が薄く、掌にずっしりとした重さが伝わってきます。酔って割ったりすると大変なので、居住まいを正します。時間の経過と共に少しずつ溶け出す氷。熱力学の第二法則「閉じられた系の中では、エントロピー(無秩序)は増大する」に、ロックアイスもまた従うのです。