酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子をさっさとキャッチするんだ。そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。……

J.D.サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(村上春樹訳)の一節です。主人公ホールデンは16歳にして、世界がまやかしのみで成り立っていることを見破ってしまいます。

今月はストレート・ライ・ウイスキー「オールド・オーヴァーホルト」のご紹介です。

アメリカン・ウイスキーは大きく分けると、代表的なバーボン・ウイスキーを含め7種類になります。ストレート・ライ・ウイスキーとは、原料にライ麦を51%以上使用し、2年以上熟成させたものを指します。

17世紀初頭、イギリスの移民たちによってウイスキー造りは始まりました。独立戦争後、政府は困窮する財政を立て直すためウイスキーに課税します(1791年)。当時はまだライ・ウイスキーが主流でした。この時、農民たちの大規模な反乱が起き(ウイスキー反乱)、1万5000人の軍隊が鎮圧に向かいました。独立戦争で動員された兵士が1万2000人。反乱の凄まじさを物語ります。

鎮圧後、課税から逃れるために農民たちはアパラチア山脈を越え、現在のケンタッキー州やテネシー州に移ります。そこは当時のアメリカから見れば外国だったのです。ライ麦の代わりにトウモロコシで造られたのが、バーボン・ウイスキーの原型です。ちなみにバーボン(Bourbon)と呼ばれるのは、アメリカの独立戦争に味方したフランスのブルボン王朝に由来しています。

かつては約5000のライ・ウイスキー蒸留所があったといわれていますが、国内の需要が急減し、現在ではたった4社が蒸留しているのみです。そのなかでもオールド・オーヴァーホルトはくせが少なく、カクテルのベースに多く使われます。

ライ麦の比率は59%

ライ麦の比率は59%

炭酸がきつい方が美味しい

炭酸がきつい方が美味しい

度数は40度。深いべっこう色。ストレートで飲んでも度数を感じさせない軽さ。香りはやや甘いが、口に含むとシャープ。その意外さが面白い。刺激はほとんどなく、どこかセルロイドを連想させる味がします。

ライの本当の魅力を引き出すためには、ソーダが不可欠だと私は思います。あれほど主張せず、頼りなく見えたオーヴァーホルトが、ソーダ割りにすると一気に変貌します。芳ばしい匂い、ほのかな甘味と爽快な飲み心地。味はなぜかメロンソーダに似ています。

居心地の良いバーで、精一杯背伸びをした夜。世界がゆるやかに回転し始め、ばらばらだったものが形を成し、ふいに真理まで到達する頃。もう一杯飲みたいが、いつもの許容量を完全に超えていることに気づいたら、薄いソーダ割りを注文します。こうすると醜態をさらすことなく、上手に切り上げることができるのです。