酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

私は、もうそれ以上起きていられないほど眠かった。ベッドに近づいた。靴を脱いで、ベッドの傍へきちんと揃えた。老人はまだ窓外を見ながらビールを飲んでいた。「何人死ぬのかな。知りたいな」そう呟いた……。

筒井康隆『睡魔のいる夏』の一節です。軍需工場地帯にあるビアホール。空を見上げれば雲ひとつなく、そこへ音もなく落とされた爆弾、静かで清潔な死。唐突に訪れた終わりの時に、人は何を思うのでしょうか。

今月はオランダビール「グロールシュ」のご紹介です。

麦芽の利用は、麦の栽培が始まるとほぼ同時期に発見されたといわれています。その時期は遡ることおよそ1万年。麦が発芽した後に生長を途中で止めると、糖と酵素の残った甘い穀粒になります。それを粥にして放置しておくと、天然酵母の作用により、糖がアルコールと炭酸ガスに分解されます。これがビールの始まりです。

現在ビールの製法は、自然発酵ビールと乳酸菌並行発酵ビールを除くと、以下の二種類の方法があります。

上面発酵ビールは、常温(20℃前後)で発酵を行います。酵母が活発に繁殖し、炭酸ガスとともに上面に浮き上がってきます。製造期間は2週間ほど。イギリスのエールやアイルランドのスタウトなどが挙げられます。香味が強く、個性の豊かさが特徴です。

一方、下面発酵ビールは低温(10℃前後)でゆっくりと発酵を行い、やがて酵母は下方に沈殿します。製造期間は4~6週間以上。チェコのピルゼン地方で生まれたピルスナーが最も有名です。特徴はすっきりとした味わい。19世紀以降、世界のビール市場の主流になっています。下面発酵方式で醸造後、低温貯蔵期間を経て出荷されるビールを一般にラガー・ビールと呼びます。Lagerの語源はドイツ語のLagernで「貯蔵する」という意味です。

クラシカルなボトル

クラシカルなボトル

底の丸いグラスは きれいに泡がつくれる

底の丸いグラスは
きれいに泡がつくれる

グロールシュはピルスナータイプのプレミアム・ラガー・ビールです。創業1615年、オランダ王室御用達。原料はモルト100%、厳選されたホップ、天然水を使用。そして4番目の重要な成分は、時間。2ヶ月もの熟成期間をかけて作られています。ラベルのないグリーンの瓶には器械栓(スイングトップ)が付いていて、フタを開ける楽しみを与えてくれます。

度数は5度。グラスに注ぐと柔らかく積み上がる泡、豊かな麦の香り。雑味をまったく感じさせません。後口に残るホップの強い苦味、ミネラル由来の鉄分に似た味。日本のビールを飲みなれた舌には、とても新鮮です。

もし「最後の一日」が許されるなら、季節は願わくば夏の盛り。特別なことは何もせず、なんとなく日が暮れて、ひとしきりヒグラシが鳴き、コウモリが飛び交う時間帯。風が出てきた頃、ベランダに椅子を出し、喉をちりちりさせながらよく冷えたビールを一気に飲み干します。あとは煙草でも吸いながら、ゆっくりと来るべき時を待ちたいと思うのです。