酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

いちじくの実が木から落ちる。それはふくよかな、甘い果実だ。落ちながら、その赤い皮は裂ける。わたしは熟したいちじくの実を落とす北風だ。このようにいちじくの実に似て、これらの教えは君たちに落ちかかる。さあ、その果汁と甘い果肉をすするがいい。時は秋だ、澄んだ空、そして午後‥‥

ニーチェ『この人を見よ』(手塚富雄訳)の一節です。この自伝が書かれたのは44歳の秋、彼の正常な精神活動の最後の年でした。翌年、イタリアのトリノの下宿から通りに出たとき、御者が動きの鈍い馬を鞭で殴りつけているのを見て、ニーチェは馬をかばい、抱きしめ、激しく泣きました。以後彼は死を迎えるまで狂気の闇に生きることになるのです。

今月はポート・ワイン「フォンセカ・ギマラエンス」のご紹介です。

「かなうことなら、どんなワインもみなポルトになるだろう」。イギリスの古い諺です。ポート・ワインはポルトガルを代表するフォーティファイド・ワイン(Fortified Wine:アルコール強化ワイン)です。産地はポルトガル北部を流れるドウロ川流域。ポート・ワインの最大の特徴は、発酵の途中でアルコール度数77度のブランデーを添加することです。こうすると発酵が止まり、天然の糖分が残り、ワインの保存性が高まります。一度封を切っても風味が落ちないのはこのためです。

樽でひと冬を越したワインは、春にドウロ川河口の貯蔵庫に運ばれます。そこで熟成・瓶詰めが行われ、対岸のポルト港から出荷されます。ワインは必ずポート・ワイン協会の検査を受け、合格したものだけにポート・ワインの呼称が許されます。タイプの分類は次の通り。

ホワイト・ポート:白ぶどうから造られ、色は黄金色。食前酒向き。

ルビー・ポート:その名の通り美しいルビー色。飾り気のない甘口、少し冷やして飲む。

トウニー・ポート:色が黄褐色(Tawny)になるまで、樽の中で何年も熟成させたポート。ホワイトとルビーをブレンドしただけの安価なものもある。

ヴィンテージ・ポート:年号入りポート。格別に優良な収穫年につくられる最良のもの。2年間だけ樽で寝かせたのち、ゆっくり瓶の中で長期熟成させる。

瓶の上部にはナンバリングされた保証シール

瓶の上部にはナンバリングされた保証シール

少しずつ、愛おしむように

少しずつ、愛おしむように

今回飲んだものはレイト=ボトルド・ヴィンテージ1997年です。ヴィンテージを名乗るまでには至らないが、単一の申し分ない収穫年の葡萄でつくったポートです。ヴィンテージが2年の樽熟成であるのに対し、倍の期間(4年)樽で寝かせます。

度数は20度。色は黒味を帯びたガーネット。カシスジャムのような第一印象。上品な甘味はべたつくことがなく、口の中で長く香りを保ちます。デザート代わりに楽しめるのは勿論、ナッツ・洋梨などとの相性は好一対です。

小さなグラスに慎ましく注がれたポートを一口ずつ、味を確かめるように飲んでみましょう。慌てることはありません。秋の夜は長く、終わる気配すら感じません。窓の外には皓々たる月。いつしか夜の最果てに流され、つかの間、眠る記憶を揺り起こします。そして、動揺する心を鎮めながら、あの頃に思いを巡らすのです。