酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

 桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。……

 梶井基次郎『桜の樹の下には』の一節です。見る者を焦がすほどの美しさで迫る桜。露骨なまでの美しさの正体を明かさないことには、常に漠然とした不安がつきまとうのです。
今月はブレンデッド・スコッチ・ウイスキー「ロイヤル・ハウスホールド」のご紹介です。

1853年、エディンバラの酒商アンドリュー・アッシャーは、世界で初めてヴァッテド(複数のモルトを混ぜたもの)・ウイスキーを発売しました。ウイスキーの素材同士を混ぜ合わせた最初の人物だと言われています。

この10年後、バランタインの創始者がモルト・ウイスキー(大麦麦芽のみが原料)とグレーン・ウイスキー(トウモロコシや小麦などの穀物が主原料)を混ぜたブレンデッド・ウイスキーを誕生させます。個性が際立ちすぎて飲みづらいモルトと、風味はないがライトで飲みやすいグレーンを巧みに混ぜ合わせたブレンデッドは瞬く間に市場を席巻し、現在、スコッチの全生産量の90~95%を占めています。

ブレンデッド・ウイスキーはブレンダーと呼ばれる専門の職人によりブレンドされます。通常、30~40種類のモルトと3~4種類のグレーンをブレンドしてつくられます。ブレンダーは人並み以上の繊細な味覚・嗅覚、安定した再現性、多様な香味の判別、言葉で普遍的な意味に置き換える表現力が要求されます。

一部にブレンデッドは「混ぜ物をした安酒」、モルトは「生一本の高級品」と捉える向きもありますが、両者の違いは味の性格の違いであり、どちらが上でも下でもありません。

以前の名は 定冠詞Theがついていた

以前の名は
定冠詞Theがついていた

ノージング・グラスは 香りを存分に楽しめる

ノージング・グラスは
香りを存分に楽しめる

ロイヤル・ハウスホールドはダルウィニー(ハイランド・モルト)の原酒を主体に45種をブレンド。「王室」の名を持つこのウイスキーは、かつてイギリス王室専用としてジェームズ・ブキャナン社が依頼を受け、当時の皇太子エドワード7世(在位1901~1910年)のために製造されました。現在でも世界で3カ所しか飲むことができません。ひとつは勿論、バッキンガム宮殿。もうひとつはスコットランド北西部、アウター・ヘブリディーズ諸島のハリス島にあるローデル・ホテルのバー。そして、日本。昭和天皇が訪英した際に贈られたのがきっかけで、その後日本での販売が特別に許可されました。

度数は43度。明るいゴールド。甘さを含んだ香り。複雑さとシンプルさの同居。それぞれの原酒のいいところだけを抜き出したかのようです。ぶれることのないしっかりとした強さ。あくやえぐみをその身体の中にすっかり吸収してしまい、冴え冴えとした味が引き出されています。

ブレンデッドは美しい一反の織物に似ています。紡がれた糸には各々のルーツがあり、それらが複雑に絡まりあうことでひとつのかたちが生まれます。一本の瓶の中にはブレンダーの試行錯誤の結晶が込められているのです。