酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

人間の”依存”ってことの本質がわからないと、アル中はわからない。わかるのは付随的なことばかりでしょう。”依存”ってのはね、つまりは人間そのもののことでもあるんだ。……

 中島らも『今夜、すべてのバーで』の一節です。アルコール依存症の男は入院中も酒の魔力から逃れられず、なぜ、飲む人間と飲まずにすませられる人間がいるのかという、最も根本的な問いを投げかけるのです。

今月は、バーのことを書きたいと思います。

バーの語源は、客席と店側を仕切る横木とする説、酒場の外に馬を繋いでおく横木を由来とした隠語という説など様々です。古くは情報交換の場として、男性のみが集まる場所でした。現在でもその状況は余り変化しておらず、地域密着型のバーは集会所の役割を果たし、また、女性がひとりでカウンターに座る姿は珍重されることも少なくありません。

よくバーの謳い文句で「女性一人でも気軽に入れる」というものがあります。バーは女性がひとりで入れる場所ではないのか? 実は魔窟のようなところで、捕って喰われたり、香港やマカオに売られたりするのか?

女性の社会進出に伴い、男性の聖域に女性が立ち入る場面が多くなりました。バーを使い慣れない者が入ってくると、途端に店の雰囲気は損なわれます。それが女性であれ、男性であれ、秩序を乱す者をバーは嫌います。

女性がひとりではキケン?

女性がひとりではキケン?

バーは星の数ほどある

バーは星の数ほどある

初めてのバーに入店する際には、緊張を強いられます。新参者はまず、なるべく端の椅子は避けて座りましょう。常連の定席である可能性が高いからです。あいていれば真ん中に座り、バーテンダーと客(構成員)の会話を聞くことから始めます。その店が自分に合うか合わないかは、この会話で八割方決まることがあります。なぜなら店が客を選び、客が店を構成しているからです。

メニューを見ることも大切です。どんな酒があるのかは必要な情報ですが、まず高すぎないことが重要だと思います。メリハリの効いた価格設定の店や、この酒がこの価格で!という店など、比較してみるといろいろなことが自分の中で蓄積されていきます。

メニューが無い店であれば、注文する際に値段を聞けばよいのです。自分が、自分の時間のなかで、自分の稼いだ金をその酒にいくら払うのかは、最大の関心事であるように思います。

そしていざ、注文。この時、頭のなかで簡単なシミュレーションをしてみます。一杯目はカクテル、二杯目はロック、三杯目はソーダ割り、といった具合に。何杯で切り上げるのかもこの時点で仮決めしておきます。

バーテンダーは、酒の頼み方でその人物を量ります。どこに住んでいてどんな仕事をしているかなど、バーにおいては瑣末なこと。その人がどんな酒が好きでどんな飲み方をするのかを、注文した酒たちが雄弁に物語ります。

勘定を支払い、確かな足取りで扉を開け店を出たら、今夜の組み立てが成功したかを検証します。飲み過ぎていないか、費用対効果は高かったか、そして楽しかったのかを。

バーとは、一種独特な場所かも知れません。開かれてもいるし、閉ざされてもいます。大抵の客はひとりで、自分の簡易シェルターをつくり、酒を飲んでいます。構って欲しい人もいれば、頑なに会話を拒む人もいます。ひとつだけ確かなことは、バーに来る人たちはみなどこか似通っています。今夜もすべてのバーで、煙草に火を点け、グラスを空にし、カウンターで眠り、知らない者同士で意気投合し、アルコールで心を覚醒させるのです。