酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

「あの、なぜ古い仏像はないんですか?」
すると、男性は顔をくもらせて言った。「四百年前に何があったか御存知?」
私ははっとした。文禄・慶長の役、つまり秀吉が朝鮮半島に出兵したことを言っているのは明らかだった……。

 いとうせいこう・みうらじゅん『見仏記』の一節です。韓国の寺に仏像を見に行くふたり。そのどれもがみな作りたてのように見えたわけは、朝鮮出兵の際、古い仏像が日本人によって焼き払われたからだと知り、愕然とするのです。

 今月は朝鮮半島のどぶろく「マッコリ」のご紹介です。

 遡ること紀元前、朝鮮の三国時代。高句麗の建国神話のなかに、川辺で水遊びをしていた水の神の娘を、天帝の子が酒で誘惑しておびき出し、自分の妻に娶ったというものがあります。この酒こそがマッコリの元祖とも言われています。

 マッコリの原料はもち米、うるち米、麦、小麦粉等を蒸したものです。これに麦麹と水を混ぜて発酵させます。酵母によるアルコール発酵の他に乳酸菌発酵も伴うため、独特の酸味と甘味が加わります。度数が低く、農業のかたわら、水代わりに飲まれたことから「農酒」とも呼ばれます。

 朝鮮の酒造りは、その家ごとに造るのが伝統でした。しかし20世紀に入り、日本の植民地統治下における税制(1910年)により、家庭の味は消えていきました。

 今回は、福島県会津若松の老舗蔵元、末廣酒造のマッコリ「春玉の白」を飲みました。

 在日二世の金春玉さんは、父の思い出をたどりながらマッコリを密造(!)し、それをこっそりと末廣酒造に持ち込みました。杜氏・佐藤寿一さんの試行錯誤の末にようやく完成。本数限定で販売が開始されました。カテゴリーは税法上、清酒です。

グレーの文字はハングル

グレーの文字はハングル

見た目は甘酒

見た目は甘酒

末廣酒造  http://www.sake-suehiro.jp/

 原料は、福島県耶麻郡産のもち米と、米麹のみ。約40℃で低温殺菌することで酵母を抑え、半生の状態で製品化しました。用いた酵母菌は低温に強く、5℃で再び発酵を始め、瓶内気圧は5気圧にまで達します。これはシャンパンとほぼ同じ気圧です。

 薄いブルーの美しい瓶に、ことさら注意を喚起する「開け方注意」の赤々とした文字。「斜めに持ち、王冠をほんの少しだけ回し…」の指示に従い、開けすぎないよう慎重に封を切ります。次の瞬間、シューという音とともに中の液体が勢いよく上へ向かって泡立ちます。驚いて説明書きを読むと「決してあわてて栓を締めないように」と諭され、いつまで続くか分からない噴出に怯えながらガスを抜きます。吹きこぼしてもよいとの文言に支えられ、10分後にようやく開栓できました。

 度数は8度以上9度未満、乳白色、淡い香り。表面に小さな澱の塊が無数に浮かびます。発泡は意外にやわらかく、口当たりはまろやかでさっぱり、まるで日本酒のシャンパンです。キムチチゲに合わせて飲みましたが、相性は抜群でした。

 日韓の文化が融合し、思いもかけないような素晴らしい酒を生み出したのです。