酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

 人間は、時として、充されるか、充されないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまう。その愚を哂う者は、畢竟、人生に対する路傍の人に過ぎない。……

 芥川龍之介『芋粥』の一節です。主人公は、軽んじられるために生まれてきたような人間ですが、ただひとつ、めったに口にできない芋粥をいつか飽きるほど飲んでみたいという欲望を持っており、このためだけに生きているといっても過言ではないほど、それは彼の人生を貫いているのです。

 芋粥は山の芋からつくりますが、今月は、じゃがいもで造られたスピリッツ「アクアヴィット」のご紹介です。アクアヴィットは、デンマーク・スウェーデン・ノルウェーなどの北欧諸国で多く造られています。

 スピリッツ(蒸留酒)はその誕生初期、錬金術師たちによってラテン語でアクア・ヴィテ(生命の水)と呼ばれていました。アクアヴィットの名はこれが訛ったもので、極めて正統的な酒名だといえます。

 5世紀、スウェーデン・ストックホルム市の財政報告書のなかに、アクアヴィットに関する最古の記述が見られます。当時は、ヨーロッパ大陸から輸入したワインを蒸留し製造していました。これはブランデーと同じ製法です。

 その後、16世紀末には穀物が使われるようになり、18世紀に入ると、ついに今回の主役であるじゃがいもが登場します。1756年にドイツで起こった7年戦争によって、それまで北欧では生産されなかったじゃがいもが流入したといわれています。

 製法は、まず、じゃがいもを糖化し発酵、蒸留によってアルコール度数95度以上のポテト・スピリッツを造ります。仕上げにキャラウェイ・アニス・クミン・カルダモンなどのハーブやスパイスで香り付けをします。別名、ハーブ・スピリッツ。多くは樽熟成をさせず、無色透明のまま瓶詰めされます。

鮮やかな色彩のラベル

鮮やかな色彩のラベル

ラベルの裏側。TAMPAという船名

ラベルの裏側。TAMPAという船名

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 今回はノルウェー産「リニア」を飲みました。リニアとは、赤道の意味。その昔、樽詰めしたアクアヴィットを船に積み、赤道を越えて戻ってくると風味が向上したといういわれがあります。その手法を今でも忠実に守り、5~10年のシェリー樽に詰め、オーストラリアまで航海させて製品化しています。ラベルの裏には船名・航海期間が記されています。

 度数は41.5度、淡い琥珀色、香草特有の香り。口に含むとハッカの清涼感と、アルコールの強さを感じます。さまざまな味が口中で複雑に絡み合い、これだけで既に完成されたカクテルのようです。後味はほんのりと甘く、巨峰やライチを連想します。

 アクアヴィットは期待とともに樽へと寝かされ、一路赤道を目指して、北の大地から長い船旅に出ます。船底で幾たびもの波に揺られ、徐々にその身を色づかせながら、はるか熱帯の夢を見ます。再び封を開け、グラスに解き放たれたとき、飲む者たちを充たす旅物語が始まるのです。