酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

無地の鶯茶色のネクタイを捜して歩いたがなかなか見つからない。
東京という所も存外不便な所である。
このごろ石油ランプを探し歩いている。
神田や銀座はもちろん、板橋界隈も探したが、座敷用のランプは見つからない。
東京という所は存外不便な所である‥‥。

 物理学者としても知られる寺田寅彦の随筆集『柿の種』からの一節です。買えないものなど何もないかのような東京で、人波にもまれ、林立するビルの狭間をすり抜け、本当に欲しい物を探し出すのは至難の業です。

 今月は、薬草系リキュール「カンパリ」のご紹介です。

 1860年、イタリアで生まれたカンパリは、世界190カ国に輸出されているポピュラーな食前酒で、今やバーには欠かせない存在です。この魅惑的な真紅のお酒は、独特の苦味が特徴です。レシピは門外不出。各国に監視員まで配置するという徹底ぶりですが、専門家の分析によると、ビターオレンジ果皮をはじめとする30種類以上のハーブとスパイス類がベース。胃に良いとされるリンドウの根も配合されており、酒好きの格好の言い訳になりそうです。

 代表的な飲み方はカンパリ・ソーダですが、小瓶に詰めた完成品が1932年に商品化されています。通常、ストレートで飲まれていたカンパリの新たなスタイルとして考案されました。未来派の芸術家がデザインした98ml瓶のキュートな形状は、現代において「カンパリライト」というペンダントランプを出現させます。小瓶を10本束ね、中央に配したライトを点けると、赤い液体が妖しい輝きを放ちます。

 さて、カンパリの美しいルビー色、これはコチニール色素という天然着色料を添加しています。日本でも食品や化粧品などに使用されるこの色素、正体はカイガラムシという害虫です。中南米のペルーなどで大切に飼育されています。産卵前のメスのみを刷毛で掻き集め、熱湯で煮沸、天日で乾燥させます。古くはインカ帝国で衣服や装飾品の着色に用いられた、歴史ある色素です。

おなじみの赤カンパリ

おなじみの赤カンパリ

カンパリの白とも呼ばれた

カンパリの白とも呼ばれた

  カンパリには、もうひとつのカンパリがあるのをご存じでしょうか?

 「コーディアル・カンパリ」という、無色透明なカンパリです。木いちごをベースにアルコール浸漬後、蒸留。ほんのりハーブの香りが残る、すっきりとした甘さは食後酒に向いています。赤カンパリのような苦味はまったくありません。

 様々な飲み方を試してみました。最もバランスが良かったのは、ウォッカベース、甘味をコーディアル・カンパリ、レモンをやや多めに絞り、ソーダで割るというもの。軽い口当たりに仕上がりますが、コーディアル・カンパリは度数36度。調子に乗って杯を重ねると危険です。

 残念なことに、コーディアル・カンパリは2003年6月に販売を終了しています。しかし、今もどこかの酒屋の棚でひっそりと、誰かが探し出してくれるのを心待ちにしているかも知れないのです。