酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

 「うん。町は変わらないよ」と、フロッグは答えた。「そりゃ、あんたが旅に出た時よりは古くなっただろうがね。だけど、変わらなけりゃ古くなる、これはあたりまえのことでね」……

 筒井康隆『わが良き狼[ウルフ]』の一節です。長い旅から二十年ぶりに戻ってきた主人公は、タクシードライバーのフロッグに町の様子を尋ねます。ひっそりと静まり、あきらかに老齢期へと差しかかった町に、主人公は現在の自分を重ね合わせるのです。

  今月は、変わりゆくもののことを書きたいと思います。

  私が酒を覚えたての頃、行く先々のバーで様々な酒をすすめてもらいました。棚の奥から古めかしいボトルを大事そうに取り出し、それを目の前にトン、と置かれる。私は懸命に既存の知識を総動員してそのボトルの分析を試みようとします。そして大抵の場合、私より先に周囲の客が反応します。

 「お、それ変わる前のやつだ。懐かしいなあ」
 「今のは味が全然変わっちゃったからねえ」

 時折ウイスキーはリニューアルし、ラベルやボトルの形が変わるのですが、どうやら中身まで変わっている節があるらしいのです。

 だからねお客さん1杯だけですよなどと言われ、ショットグラスを出されたら、模範解答は「これ、おいしいですね」のひと言に尽きます。一同、そうであろうと頷き、変化を嘆き、今ではもう手に入らなくなった古いボトルについて熱く語り始めます。私にとってそれらは有史以前の出来事のようで、はるか彼方の囁きにしか過ぎませんでした。

しかし今の私は、昔の自分とは明らかに違うのだと思い知らされることになるのです。

新しいモーレンジ。右後ろはネクター・ドール(ソーテルヌ樽使用)

新しいモーレンジ。右後ろはネクター・ドール(ソーテルヌ樽使用)

  先日バーで、普段どおりグレンモーレンジ(バッカスレポートVol.2をご参照下さい)を注文しました。一般的に、カウンターでウイスキーを注文すると、頼んだボトルを客の正面に置いてくれます。だがそれは、私のよく知るグレンモーレンジではありませんでした。

 ボトルが変わっていたのです

 以前は決して目立たなかったボトル。それが、瓶は肩が張ったグラマラスなシルエットになり、ラベルもすっかり垢抜けて、外見上は昔の面影を留めていません。“大いなる静寂の谷間”からいきなり華やかなパーティー会場に引っ張り出されたように見えました。

 なぜ変えた? 変えることに何の意味がある? この変化は受け入れられない!

 変わり果てた姿を眺めながら飲む酒は、愛するものに突然裏切られたような思いがして、味も何もあったものではありません。この感情はいったいどこから来るのでしょう。

 自分が愛するものは、可能な限り変わらないでいてほしい、常に同じように接してほしい。変わらぬ姿、変わらぬ味で迎えてほしいのです。何もかも変わり、私だけがひとりぽつんと置いていかれたようです。あるいは、自分だけは変わらないと信じたいのかも知れません。

 変化は堕落なのか、歩み寄りなのか、媚を売っているのか。変わらないことはマンネリズムなのか、頑ななのか、守りに入ったのか。そんなことを考えながら今夜も酒と向き合います。それは、グラスの中の琥珀色をした液体、別の名を時間ともいうのです。