酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語
 
 

 わたしたちは不合理なだけでなく、「予想どおりに不合理」だ。つまり、不合理性はいつも同じように起こり、何度も繰り返される。

ダン・アリエリー『予想どおりに不合理』(熊谷淳子訳)の一節です。経済学では、人は合理的に行動するものと考えられてきました。しかし、アリエリー教授は数々の趣向を凝らした実験で、我々の価値判断がいとも簡単に不合理へと「操作」されるのかを次々と暴いていくのです。

 今月は、スペインの酒精強化ワイン、シェリーのご紹介です。

スペイン南部、アンダルシア地方。大西洋に面し、一年中穏やかな気候に恵まれた場所、ヘレス地方。「シェリー」とは英語読みで、スペインではヘレスのワインと呼ばれます。

シェリーは、ヘレス・セレス・シェリー原産地呼称統制委員会によって常に看視され、守られています。この「原産地呼称統制」という概念は、フランスを中心としたヨーロッパに広く浸透しており、ワインが身近な一例といえます。自国の農産品を厳格な規制下に置き、一定の条件を満たさないものに勝手な名前をつけたら承知しないぞ、という法律です。

では、シェリーはどのようにして「原産地呼称統制」されているのでしょうか。

まずは生産地域の限定。ヘレス・デ・ラ・フロンテラと、そこに隣接した2つの町の3地域だけ。

次は原料の限定。その地域で収穫された、3種類の白ぶどうだけ。

そして、ソレラ・システムという伝統的製法。暗く静かな貯蔵庫に3~4段積み上げられたシェリーの樽は、一番下が最も古く、上にいくほど若くなります。最下段の樽から瓶詰めしますが、このとき少量だけを抜き取り、ほとんどは残しておきます。その減った分を、すぐ上の段の樽から補充します。その樽をさらに上の樽で補充するというその様子は、シャンパン・タワーに似ています。新しい酒が絶えず上から下へと注がれ、仮にストローを使って最下段のグラスを飲み干しても、上からこぼれ落ちるシャンパンによって再び満たされるかのようです。

これらのこまごまとした制約を課すことで、本物と偽者の峻別がようやく可能になるのです。

TIO PEPEは「ペペおじさん」の意味

TIO PEPEは
「ペペおじさん」の意味

エミリオ・ルスタウ社のもの

エミリオ・ルスタウ社のもの

今回は違うタイプを2本飲みました。

1本はティオペペ、タイプはフィノで、軽やかな辛口です。度数は15度、淡い麦わら色、飲んだあとに独特の香りが鼻の奥に長く残ります。この香りは、醸造過程で発生する酵母の膜に起因しています。「花」という名前を持つ膜がワインの表面を覆い、酸化を防ぎます。

もう1本はマンサリーニャ・アモンティリャードという稀なタイプで、コクがあり辛口です。スモークサーモンなどの燻製した魚介類と合わせた時の衝撃は、長く記憶に残ります。アルマセニスタと呼ばれる人たちが個人で所有している古いシェリーを、瓶詰めの際ブレンドせずに出荷したものです。ラベルに記された1/21という数字は、ソレラの最下段の樽の数です。

シェリーという、この深く複雑な暗黒迷宮に私を向かわせた、ヒュー・ジョンソンの紹介文を抜粋します。

「シェリーは世界で最も安価な上質ワインである。唯一の問題はこれを見つけ出すことだ。しかし、粘り強くあれ。そしてシャンパンをフィノに変えてみられたし」

これを読んだあなたが「操作」されることを願ってやみません。