酒と豊穣の神・バッカスに仕える巫女、HALがお届けするお酒にまつわる物語

われらを狂気から救うものは何ものなのか? 生命力なのか? エゴイズムなのか? 狡さなのか? 人間の感受性の限界なのか? 狂気に対するわれわれの理解の不可能が、われわれを狂気から救っている唯一の力なのか?……

三島由紀夫『真夏の死』の一節です。正気でいることが不思議に思われるほどの不幸に遭いながらも、人には忘却という最大の救いが訪れます。際限なく苦しめられた記憶の輪郭が徐々に崩れ、ぼんやりし、あいまいになり、風化し、やがては解体するのです。

2010年の夏は、記録的な猛暑となりました。その暑さは、浜辺の大きな釜で茹でられるカニにも等しく、逃げ出すように夏のポルトガルへ旅行しました。

ポルトガル北部に位置する第二の都市、ポルト。古く美しい教会や建築物が立ち並ぶ市街地は、ポルト歴史地区として世界遺産に登録されています。ヨーロッパ特有の湿度の低さや、ドウロ川から吹いてくる涼しい風、照り返しのない石畳がポルトの快適な気候をつくりだしています。早朝、薄手のカーディガンが必要なくらいにひんやりとした空気のなか、ホテルの中庭でメイア・デ・レイテ(コーヒーと牛乳を半々)を飲みながら、真っ青な空を海鳥が鳴きながら渡っていくのを眺めていると、灼熱の東京が悪い冗談のように思えてきます。

ポルトは物価の安さも手伝って、夏はヨーロッパ各国の観光客であふれ返ります。私が入ったレストランでは、スペインやフランス、ドイツから来た老若男女がシーフード料理を味わっていました。新鮮なタコやエビ、イワシやアンコウなど、どれも素材を生かしたシンプルな味付けです。ワインはヴィーニョ・ヴェルデ(vol.25をご参照下さい)を合わせると美味しさが更に引き立ちます。

そして、ドウロ川対岸のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアにひしめく、ポートワインのシッパー(商社)の倉庫群が、橋を渡ってこいと誘いかけます。テイラーやサンデマン、フォンセカ・ギマラエンス(vol.13をご参照下さい)など、ほとんどの商社は見学や試飲ができます。

ダルバ・ポルト20年

ダルバ・ポルト20年

赤からは程遠い枯葉色

赤からは程遠い枯葉色

サンデマンのワインロッジを訪ねると、スタイリッシュな内装の照明を落としたロビーに、見学を申し込んだ観光客がすでに何組か待っていました。数十名ほどが集まると、端正な顔立ちの女性がサンデマンのトレードマークである帽子と黒いマントを羽織り、貯蔵庫を案内してくれました。

湿度が一定に保たれた貯蔵庫内は静まり返り、移動する靴音と、案内役の女性の声が反響し、一層雰囲気を盛り上げます。多くの巨大な樽や、100年以上のヴィンテージボトルが寝かせてある棚を巡り、紅白のポートワインを試飲した後は、観光客が売店へ我先にと群がります。

現地のレストランでもポートワインを飲みました。食前には冷えた白ポートワイン、食後はダルバ・ポルト(DALVA PORTO)のトゥニー・コルヘイタ20年と30年。コルヘイタとは、単一年のぶどうを使い、7年以上樽熟成を行ったものを指します。色は深い琥珀、雨に濡れた冬枯れの雑木林の匂い、甘さはすでに名残となって、到達感を際立たせています。ルビーポートとは全く異なる、別次元の味わいでした。

素晴らしい思い出を胸に刻みつけ、サウナ状態の成田空港に降り立ってから5ヶ月が経ち、新鮮だった驚きや感動が少しずつ変容しています。それは、舌の上で角砂糖がゆっくりと溶けていくように、処理しきれなかった記憶が次第にほどけ、やがて私の中に受け入れられるのです。